エーゲ文明 3
大小さまざまの杯、耳飾り、腕輪その他の装身具や軟玉をつかった斧もありました。
シュリーマンは、これこそトロイア王.ブリアモスの財宝だと判断しました。
これらの美術品は、その形も意匠もこれまでに知られていたギリシアの品々とはちがうし、また他の揚所から出た陶器も類のないものでした。
これこそトロイア文明の証拠品であり、またエーゲ美術の最初の出現でした。
シュリーマンは驚喜して、トロイアの実在とホメロスの詩の現実性とを、誇りをもって世界に発表します。
しかし学界からの反対は強く、また出土品はホメロスの詩のなかの道具などと一致しない点があるのに、彼も気がついてきました。
そこで第2回、第3回の発掘が、精密に慎重に行われました。
この時にはドイツの考古学者W・デルフフェルトの協力があり、ことに後者によって、次のような結論がえられました。
ヒッサリクの丘には一つの時期ではなく、太古からローマ時代にかけて9市があったこと。
さきに発見された財宝は下から数えて2番目の層、すなわち第2市のものであること。
ホメロスが歌っている時期は第6市であることが確定され、また各時期の年代もほぼ設定されました。
・・・この決定は学界にも認められて、動かないで50年ほどが過ぎました。